ブダペスト、ウィーン、プラハの地味?旅

寺岡内科医院 院長の元気塾202406コロナも明け、久しぶりに海外旅行に、中欧3か国のハンガリー、オーストリア、チェコを回ってきました。

今回は少し地味かもしれないと思いながら久しぶりの関空です。やはり国際線となると心が浮き立ちます。関空では通関審査が自動認証化されていたり、免税品店が華やかになったり、様子がすっかり変わっています。さあ13時間のナイトフライトです。13時間をどう過ごそうかと心配でしたが、夜11時に出発して中継地ヘルシンキには朝5時に到着ですから、一晩で到着と思えば短いものです。時差のマジックですね。さらに2時間でブダペストには昼の到着でした。今月と来月は中欧3か国の素晴らしい旅をご報告したいと思います。

「ブダペストの巻」

ブダペストはドナウ川をはさんで王城のあるブダ地区と繁華なペスト地区に分かれています。まずはドナウ川にかかる鎖橋を渡ってブダ城へ。鎖といっても鎖で出来ているわけではなく、大層な鉄の大橋です。渡るとすぐに世界最古というクラシックなケーブルカーが待っています。でも片道2000円とは!山の上に登ると、そこには王宮、大聖堂、中世の街並みが一つの都市を形成して石畳の広場を取り囲んでいます。外人ばかりでまるで梅田の雑踏のよう。かつてこの城が蒙古軍やトルコ軍、オーストリア軍と戦い、ヨーロッパ中が領地の奪い合いをしていたことを実感させます。

眼下のペスト地区はオレンジ色の屋根と白壁が美しく、目を上げると地平線の向こうまで見通せます。ノートルダム寺院を思わせる大聖堂に入りました。薄暗く高い天井、厳粛な空気、色とりどりのステンドグラス、迫力ある受難者の彫像、圧倒的エネルギーに打ちのめされそうです。

もしパイプオルガンの調べがあれば間違いなく床にひざまずくことでしょう。鎌倉時代にこんな立派な要塞の街が完成していたのですから大したものです。

ブダペストには温泉がいくつもあることが有名です。その一つに行きましたが、宮殿のような建物の内外に芸術的な大小のプールがあり(少しぬるかった。)、なるほどこれがローマ人の温泉、テルマエ・ロマエの伝統なのかと思い当たりました。ただ日本人にとっての温泉情緒とはまるっきり違っていて、超豪華な大衆浴場というところでしょうか。しかし現代にまで続くローマ文明の偉大さには敬服の一言しかありません。その一端に触れただけでも幸せでした。

今回コロナ明けという事で7年ぶりの海外だったのですが、気が付いたことがあります。
それは、観光客全員といってよいほどスマホを持っていることです。7年前は写真を撮るときには日本製カメラを両手で突き出してパチリ、という光景が圧倒的に多かったのですが、いまや一眼レフをぶら下げたマニアの人を除いてはほとんど全員がスマホです。私も今回はスマホ派になってしまいました。

スマホの便利さといったら、家族のなかで写真を送り合えたり、シムカードさえ欧州版に差し換えたら、外国でも日本語表示で地図をたどれたり、タクシーを呼ぶにもウーバーアプリからどんな所でも正規の金額で拾えたり、今回は使いませんでしたが翻訳アプリというのもあり、通訳のような働きをしてくれたり、もちろん日本への電話も普通に通じることなど、驚くばかりです。現地の人は買い物の決済にも使っていましたね。この点では日本より進んでいる?かも知れません。まさに現代の魔法としか言えません。知らないではすませられない現代人の必須アイテムだと思い知らされました。

夜は船に乗りドナウ川からライトアップされた王宮と教会、鎖橋、国会議事堂、街並みを観光です。素晴らしかったのは川面にゆらめく金色の国会議事堂です。まるで天国の王宮のようです。このように美しいライトアップは見たことがありません。近く、遠く走る路面電車の明かりがドナウ川の暗闇に風情を添えてくれます。ブダペストが「ドナウ川の真珠」と言われますのが分かりました。来てみるまでは、旧共産圏ハンガリーの首都ということで少し寂しそうなイメージでしたが、実際行ってみると結構近代化され、人々は楽しそうです。それに真面目そうです。

ハイストリートにはスタ―バックスやマクドナルドもあり若者がたむろしています。街路樹と歴史的町並みの中を路面電車が走り回っていて、王国だったころの歴史的建物も良く保存され、本物のヨーロッパを見ているんだなあと思わせてくれます。とにかく石畳を走る黄色い路面電車がよく似合っていました。街全体がかもし出す芸術的センスに乾杯!

次回は音楽の都ウィーンとチェコの首都プラハのお話です。お楽しみに。