老化が早い?歯がボロボロではね

寺岡内科医院 院長の元気塾202511大阪関西万博も終了し、少し万博ロスの気分ですが、これからは「天高く馬肥える秋」ですね。秋の実りをいただけることを感謝したいものです。それにはまず噛むことから、ということで普段忘れている「歯」に焦点を当てて身体との関わりを考えます。

何といっても食べることが一番幸せです。そのためにも歯がそろっていることは本当に大切ですね。日本人は60歳代から急激に歯を無くしてゆき、80歳以上になると20本以上ある人は1/3に減ってしまうことが分かっています。その原因は「歯槽膿漏」です。歯周ポケットから歯周病菌が深い所へ侵入し、歯と骨の間に慢性炎症を起こし、歯がグラグラになって抜け落ちるのです。歯が抜け落ちた人を想像すると、小食でやせ型で、背骨は曲がり、よろよろ歩き、と老人そのもののイメージです。人生100年時代ともいわれており、「歯が健康であってこそ身体も健康」という立場で歯科医師会では「8020運動」というキャンペーンを行っています。80歳になっても自分の歯を20本残しましょう」というわけです。そこで今月は「歯」が抜け落ちるとどのように健康に影響するのか、その関係を確かめてみたいと思います。

[糖尿病との関係]

歯が少なくなると咬む力も衰えます。硬い野菜・繊維質・肉類の摂取が減り、軟らかい炭水化物中心の軟らかいものを多く摂る機会が増え、栄養が糖分に偏りがちになります。一方、歯周病(歯ぐきの慢性炎症)がある人では、炎症物質(IL-6,TNF-α)が体中の細胞に回り「インスリン抵抗性(インスリンが効きにくくなる状態)」が生じるのです。インスリンは糖分(ブドウ糖)をエネルギーに変える過程で無くてはならないものですから、効きにくくなったインスリンをさらに増やすことでその働きをカバーしようとします。この状態が何十年も続くと膵臓は疲弊してしまいます。これが糖尿病です。糖尿病で血糖値が高い状態が続くと全身で動脈硬化が起こり、腎不全、糖尿性網膜症、糖尿性神経症、高血圧、脳卒中、狭心症、心筋梗塞、認知症へと続くのです。寿命に影響しないはずがありません。そんなことで最近は糖尿病学会でも歯周病治療を積極的に推奨することになったというわけです。

[骨粗しょう症・筋力との関係]

「歯槽膿漏」になると歯はグラグラに、支える歯槽骨も少しずつ削られてゆきます。歯槽骨・残存歯数の減少と全身における骨粗しょう症の関係が多数報告されています。たとえば大腿骨骨折で見ると、歯がなくなると危険度は5.2倍にも増えることが報告されています。炎症物質が破骨細胞を促進することにより骨粗しょう症が進行するのです。骨粗しょう症になると当然筋肉の減少につながり、運動能力の低下で事故やケガにつながるでしょうし、死亡率にも関係しそうです。その他にも筋肉から分泌されるミオカインという全身性のホルモンが減ることになり、糖尿病が多くなったり、免疫力が低下したり、脳の活性化にも悪影響があることも知られるようになりました。

[認知症との関係]

認知症と残存指数の関係について、九州大学が久山町で行った疫学調査があります。それによると、抜け落ちた歯数に応じてアルツハイマー病が増える傾向があり、歯の無い人では、最大1.6倍もアルツハイマー病が多くなることが示されています。主な歯周病菌であるジンジバリス菌は歯ぐきの奥を住処として歯と骨を溶かしてゆきます。驚くことにこの菌は血流にのって大脳の「海馬」に住み着きやすいことが分かってきました。海馬といえば短期記憶の中枢であり、ジンジバリス菌がアルツハイマー病の原因の一つではないかとさえ疑われています。

[総死亡率との関係]

死亡率との関係を調べると、脱け落ちた歯数に応じて死亡率は右肩上がりに増えてゆき、歯の無い人では最大1.5倍も増加すると「8020推進財団会誌」で報告されています。若い人から高齢者まで、どの年代でも「歯が少ない人ほど死亡率が高い」というところが恐ろしい所です。

まとめると、歯周病による何十年という慢性炎症は炎症物質を放出し続け、全身に悪影響を及ぼしていることが明らかになりました。そこで歯周病菌を何とか退治する方策は無いのかと思うですが、ポケットの奥深くに住み続けているので抗生物質が届きにくいのです。それよりは長年の習慣である歯磨きをつうじて歯周病予防に努めるということが現実的ではるかに有効なのです。歯は60歳代から目立って抜け落ち始めますので、「人生100年時代」には幼い時から歯のケアが大切ということになります。それはむずかしいことではありません。「歯周ポケットを意識した正しい歯磨き」(細い柔らかい歯ブラシで歯に対し45℃の角度で歯周ポケットを軽くブラッシング)を続け、定期的な歯科点検で歯石やプラークを取り除いてもらい、歯全体の健康に関心を持つことが望まれます。それはきっと身体と心の若さにつながることでしょう。