座ってばかりだと頭が弱る。筋肉と頭脳の関係。

寺岡内科医院 寺岡院長
一流のアスリートのインタビューを見ていていつも感心するのは、ことば使いも気遣いも内容もふくめて、機転の効いたすばらしいコメントを残してくれることです。大坂なおみ、紀平梨花、大谷翔平ら、練習三昧の生活のなか、若いのにどこでそんな社会性を磨くのかと不思議に思ってしまいます。一流のアスリートは頭が良いといわざるを得ません。その逆のケースとしてアルツハイマー認知症があります。重症になると動作が遅く精神も不活発となり、会話も少なく、ヨチヨチ歩きとなってきます。ところが幸運にも運動療法などで改善された方を見ていますと、会話、動作、歩みが速くなられるのです。こんなことからも運動と認知機能には深い関係がありそうに思われます。

じつは近年、運動と頭脳の働きについて大きな関係があることが分かって来ました。運動するということは骨格筋を使うということです。驚くべきことにその骨格筋からホルモン様の物質が出ていることがわかってきたのです。ミオカインといいますが、その中のひとつアイリシンという物質が大きな注目を浴びています。運動のあとアイリシンが増加したあとに、記憶の中枢である海馬周辺に脳由来神経栄養因子(BDNF)という物質が増加することが分かったのです。このBDNFは神経細胞を伸ばし神経ネットワークを増やす作用があります。

海馬の萎縮がうつ病やアルツハイマー認知症の特徴で、うつ病が治った人や運動療法でアルツハイマーが改善した人の脳を見ると海馬の体積が増えることが報告されていることから、BDNFが海馬の維持増進のために重要な役割を演じていることがうかがえます。

アイリシンは叉、(白色)脂肪細胞に働いて褐色脂肪細胞が増やし、脂肪を燃焼させ熱を発生させることが分かっています。誰でも運動後数日は体温が高かったり、赤ちゃんの体温が高いのも褐色脂肪細胞の働きです。このように、運動することによって筋肉からのアイリシン分泌が増え、頭脳も身体も活性化されるというストーリーが出来るのです。アスリートの頭の良さはこれで説明が出来ることになりました。

ミオカインにはいろいろ重要な物質が含まれ、抗癌作用、抗炎症作用、免疫増強作用、糖尿病を抑える作用などが報告されています。活発に運動をしている人を見ていますとこれらの疾患が少ないことが実感できますね。なにせ骨格筋は体重の40%を占める最大のホルモン分泌器官なのですから、ミオカインの影響力は想像以上のようです。

現代人が太るようになったのは身体を動かさなくなったからです。それは低体温をもたらします。低体温になると癌細胞を殺すNK細胞が機能を損なわれ癌細胞が増殖しやすくなります。
運動しないと太り、体温は下がり、頭脳活動は減り、骨は弱り、筋肉は減少し、癌は増え、ということになりそうです。現代人への警告です。

具体的にどんな筋肉運動をすれば良いのでしょうか。答えは最大の骨格筋である大腿4頭筋、殿筋を最大限使うようにすることです。中年以後は早足、階段の登り降り、スクワットなどでしょう。出来るだけエレベーター、エスカレーターを使わない、すばやく立ち動く、また頻回の立ち座りを心がけることです。「天は自ら助けるものを助く」です。

私事ですがこの30年間、患者さんをお呼びするのに、お一人お一人立って待合室まで脚を運ぶようにしています。往診で自転車にも乗ります。おかげで脚の筋肉の太さは若い頃とくらべてもあまり衰えていません。脚の太さが健康のバロメーターなのでしょう。

来年はオリンピックの年です。これから「スポーツ立国」「万人のスポーツ」が焦点になってくると思いますが、それは認知症対策でもあり生活習慣病対策でもあるということです。