何となく懐かしい国、ポルトガル
飛行機はなんと北極へ向かいます。イラン戦争のおかげで西回りの航路が危なくなったからです。
連休はポルトガルへ行ってきました。アラスカやグリーンランド上空を通過し13時間半でミュンヘンへ、やはり地球は丸かったのでした。
一見ローカル空港のようですが、降りてみると巨大なターミナルがいくつもありトラムでの移動が必要です。でも近距離は歩くしかないので10分位は当たり前に歩きます。やはり海外旅行は体力が要るのです。ここで待つこと4時間。ミュンヘンを発ち眼下に白銀のアルプス山脈をゆっくり眺めながら2時間半のフライトでいよいよリスボンです。赤い瓦屋根の白壁の家々、ヨーロッパに来た実感がわいてきます。家からホテルまで24時間以上が経過していましたが、羽田を真夜中に発って昼の到着ですから半日のような気もします。時差ボケの始まりです。
ホテルからさっそく街をさまよいます。
一歩表通りに出れば髪の長い女性たちが楽しそうに並び歩いています。その姿は梅田の若者と同じです。しかし大きな落書きがあちこちにあり、道端にゴミが散乱していたり、日陰には人生の落伍者らしき人達がうごめいているのも現実です。リスボンは丘陵に挟まれた狭い土地に広がった街なので坂道が本当に多いのです。それでもすべての街路は石畳で舗装されていて、坂道を旧式チンチン電車が行きかいます。古い石造りの建物の間に張られた架線の下を縫ってガタゴト走る黄色いチンチン電車、石畳の上に敷かれたレールの組み合わせが何ともレトロな風情を醸し出しています。「チンチーン」と「ガタゴト」の音がこの町のリズムを決めているようです。聖なる教会もゴミゴミしたレストラン街も歴史を積み重ねた本物感は圧倒的です。これぞヨーロッパ。目抜き通りを下って行けば両袖に美味しそうな海鮮レストランが軒を連ねます。呼び込みを相手にしながらさ迷い歩くのも楽しいことです。価格は日本と同じくらいでしょうか。
広大なコメルシオ広場にたどり着きました。海に近い川べりです。バチカンのような回廊が広場を取り囲んでいます。ここから15世紀の大航海時代の船は世界に散ってゆきました。その一隻が種子島に漂着して日本に鉄砲を伝えたことで戦国時代が決着したことはあまりにも有名ですが、はるばる10か月もかけて帆船でやってきた勇気に感動してしまいます。フランシスコ・ザビエルもその一人でした。
リスボンには近代的なビル群はありません。すべてがレトロでそれが魅力なのですが、この国はかつて輝いた大航海時代が今も誇りのようで、日本とは鉄砲伝来という大事件を共有していることで親近感がわいてきます。ついでにカステラ、天ぷら、パン、ポント町も信長時代にポルトガルから伝わった言葉です。カキやエビ、カニ、タコ、米、海草をふんだんに使った海鮮料理はきっと皆様のお口に合うと思います。ワインも甘いポートワインばかりではありません、正統派の美味しいものがリーズナブルに飲め、気取らずワインを楽しめます。味はスペイン料理に近く、雰囲気は天六商店街です。やはりカトリックの国々の料理がおいしいようです。
数日後、鉄路で3時間、古都ポルトはポートワイン発祥の地です。大西洋にそそぐ川岸の深い谷に広がる旧都です。ポルトガルの京都というべき都市で、丘の上には壮大な大聖堂、教会がいくつもそびえ、また新旧のビルが軒を連ねる行政都市でもあります。石畳の広い目抜き通りを下ります。川べりのレストランも美味しそうなこと、もちろん海鮮料理が中心で、どこも満員で陽気で楽しそうです。宵になるとライトアップされたドン・ルイス1世橋の美しさは外国人をうならせます。
そしてポルトから車で約2時間のワイナリーに行くことが出来ました。あの細長い国ですがスペインにむかって2時間以上は走れるのです。ドウロ川両岸の山は2,300メートルくらいでしょうか。川面から山のてっぺんまでブドウの木が緑の水平線となって無数に植わっています。
5月の太陽を受けて風はそよそよ吹き抜けてゆきます。小鳥のさえずりがあちこちから聞こえ、寝そべって天を仰いでいると、この世の天国かと思われるほどです。ここで一日中ワインを傾けながら好きな本でも読んでいたりしたら、どれほどリフレッシュできることでしょうか。「また来させてください」と叶いそうもないお願いをしながら、ワイナリー内の小さな教会に10ユーロも奉げたことでした。
ポルトガルは確かに遠い所でしたが、覇権競争に明け暮れる「先進諸国」に比べ、ここはなんと穏やかなお国柄でしょうか。最新ファッションもなく気負ったビジネスマンも少なく、みんなが「ふつうであること」を楽しんでいるようです。昨年のシチリアでも感じたことですが、おいしい食べ物があって文化があって、そこそこの生活で、このようにゆっくりした人生が過ごせるなら、それは最高の幸せではないかと実感した旅でした。遠い遠い夢の国の数日でした。