さかなが教えてくれる医者の心得

寺岡内科医院 院長の元気塾202404沖縄のさんご礁のカラフルな魚たちに混じってホンソメワケベラという体長10cmくらいの黒い「横縞」が特徴の魚がいます。さんご礁の一角に定住していて、そこへ他の大きな魚たちが癒しを求めてやってくるというのです。その魚はドクターフィッシュと呼ばれています。

何をするのかというと、からだの表面の寄生虫を食べてやるのです。相手が大きな肉食魚であっても危険な口の中に入って歯の間の食べかすを取ってやったりもします。そのあいだ肉食魚でも気持ちよさそうに口をポカンと広げて待っています。決して口を閉じません。

そこで面白い実験を行いました。ホンソメワケベラと同じ形で黒い「縦縞」の魚のかまぼこを近くに置いてやると・・・これはすぐに食べられてしまいます。ところが「横縞」の蒲鉾だと・・・食べられません。「横縞」は非可食のものとして認識されているようなのです。驚くことに水族館で生まれた肉食魚も同じように行動することから、この区別はさんご礁の現場で学んだのではなく、生まれつきの遺伝情報として知っているということになります。こんな高等な情報がDNAに組み込まれているなんて、一体どんなメカニズムなのでしょうか?・・・ダーウィンでも答えを出せなかったでしょう。そんな具合で周辺ではヒマな魚が順番を待ってうろうろしています。割り込もうとする魚はすぐに追い返されてしまいます。魚は順番らしきものを知っているという事です。そんなところからここは「海の病院」といわれています。どこかで見たような光景ですね・・・。

ところでホンソメ先生、いつも敬われているかというと必ずしもそうでもないようで、ときどき患者魚から叱られて追っかけられている光景に出くわします。・・・理由が分かりました。寄生虫を取るふりをして、おいしい体表粘液をかじって痛い思いをさせるからのようなのです。本根丸出しのズルですね。でもそんなことは大勢の前ではしないのです。周りに人目(?)がないときに限っての事なのです。不思議なことにズルの頻度は2%~5%のあいだに決まっていて、これを超えるとその病院には患者魚が集まらなくなるそうです。彼らなりに評判を落とさないように気をつけているところに同情したくなります。驚くのは、こんな「おいしい仕事」にありつこうと付近にはニセ医者ベラというのが潜んでいたりするのですから、まるで人間界の縮図を見ているようです。
 
それとこのホンソメ先生、すごいことをしています。患者魚に長い時間、寄り添って何かをしています。よく見るとひれを使って患者を細かくトントンとマッサージをしてあげているのです。患者魚は気持ちよさそうにリラックスしているのが分かります。しかしこの行動はホンソメ先生にとって餌という直接の利益には結びつかないはずです・・・。一見サービスでしかないこの行動の謎、じつは評判を高めるための投資であることがわかりました。サービスの良いところには多くの患者魚が多く集まるようになり、餌が豊かになるということが分かりました。どこも大変だなあと同情したくもなります。でもこの仕組み一体誰が考えるのでしょう?

もひとつ驚くことは、魚たちもトントンと身体を叩いてもらうと気持ちが良いらしいということです。私達人間と同じです。この快感は私達の先祖が魚であった時代からの深い感覚であったのかと驚かされます。

人間界ではこの「ホッとする」快感のメカニズムは分かっていて、脳の中でセロトニンが分泌されて安らぎを感じることが分かっています。赤ちゃんが母親に抱かれて「ユラユラ」「トントン」してあやしてもらうとき、ゆったりとダンスをしているときなどに多く分泌されることが分かっています。この快感はひょっとすると生き物が始まって以来からの深い感覚なのかも知れません。

最近、病院で医者がパソコン画面にばかりに気をとられて患者を見ないという苦情を聞くことがありますが、このお話から私達が反省すべきことが沢山あります。忙しさにかまけて、いつの間にか患者さんの体に触ることを忘れてしまっているのではないかという事です。医療の原点は「手当」です。痛いところに手を当ててあげる、背中をなでてあげる、聴診器を当ててあげる、とにかく身体に触れて差し上げるということが大切なのでしょう。きっと安心感、信頼感が生まれそうです。ストレス社会といわれる今日ならこそ、会社でも温かい接触が必要なのではないでしょうか。

以上申し上げたことは自然界の法則です。現場のホンソメワケベラたちはこんな法則を守ろうと意識して生きているのではないわけで、ただ本能に従って生きているだけです。そこに大きな法則の存在を発見し感動出来るのは人間だけです。46億年かけて作り上げたという生物界の大法則を、人間は数十年というごく短時間に、このように観測し法則を解説できるようになったということは奇跡です。私達は「大いなる知性」のヒントをささやかれているのではないでしょうか。私達は「大いなる知性」との交信ルートがあるようで、それが科学的観察という手法なのでしょう。科学を突き詰めるほどに、世の中はあまりに都合よくできていると感動してしまいます。