バイ菌マンとともに生きている
宮原小学校の校医をしているのですが給食のメニューを見て驚いたことがあります。アレルゲン除去食のお子さんが大変多いのです。アレルゲンというのはアレルギーの原因物質のことです。卵がダメだとか、エビ抜いてくれとか、小麦はダメだとか、恐ろしい蕎麦アレルギーがあるとか、クラスの5~10%のお子さんが特別食を必要とされているのです。でないとアレルギーで蕁麻疹や喘息が起きるのだそうです。
私が子供の頃、といえば50~60年前の話になりますが、こんなアレルギーを持ったお子さんというのはクラスに一人もいなかったように思います。アレルギーといえばスギ花粉症は国民の半数近くが持っているといわれますが、昔はなかったことです。なぜこんなにアレルギー疾患が多いのでしょうか。欧米諸国でもアレルギー疾患は増えているそうですから、近代化の中で起きたことが原因だと思わずにはおれません。
大きな原因の一つとして支持されているのが、人間を取りまく環境が清潔になり過ぎたという考えです。アレルギーというのは困った免疫現象と言い換えられますが、免疫というのは大きく言って、外来の異物、微生物を排除し、内なる敵=変な自己細胞=癌細胞を撲滅し、自身のまっとうな細胞ばかりで体を運営することを保障する機能だということが出来ます。つまり悪者をやっつける軍隊か警察機構といえそうです。それを組織的に担うのがリンパ球という白血球の一部です。
リンパ球にもTh1軍とTh2軍があって、Th1軍は細菌、ウイルス、癌細胞の撲滅に当たります。Th2軍はおもに寄生虫に当たります。Th1軍、Th軍2両者の関係は陸軍、海軍のように協力的ライバル関係でもあり、適切な勢力関係を持っている間はよいのですが、バランスが崩れると弊害が出てきます。今ささやかれているのは、不衛生な環境が近代化の中で減少して、体質を決める大事な幼少時に細菌、ウイルスに触れる機会(感染も含めて)が減ってしまって、Th1軍の予算が削られて勢力を落とし、その分Th2軍の勢力配分が優位な体質となってしまったという説です。この体質がアレルギー体質といわれます。Th2軍が強い体質は形成されたのだが、近代化の中で宿敵である寄生虫がこれまた激減しているので、活躍の場がなくなりエネルギーが溜まってしまうのです。そこで寄生虫対策と共通する技術(好酸球やIgE)を生かせる活躍場所を求めて、体に入ってきたアレルゲンを見つけては、皮膚や、呼吸器や、消化器で戦争(炎症)している姿が今日のアレルギー疾患増加の原因だということです。つまり不潔の排除、寄生虫対策のやり過ぎが現代病をもたらしているらしいというのです。
私たちは食事の前に必ず手を洗うという習慣を子供のころから教え込まれますし、食材も不潔なものを極端に排除しています。皮膚(体の外)も消化器(体の内)もバイキンに触れる機会が確実に減っています。まるでバイキンは人類の憎むべき敵とさえ考えているようですが、果たしてそうなのでしょうか。
人には自分の細胞数の10倍多い100個の常在菌が主に腸に住み着いています。ご存じのようにビフィズス菌、乳酸菌のような善玉菌、ブドウ球菌、ウェルシュ菌のような悪玉菌、大腸菌のような日和見菌などが勢力図を守りながら、それぞれの役割を演じながら消化機能を援助し生命活動を助けてくれています。
正常な腸内細菌叢は精神の健康、免疫力強化、感染症防止、アレルギー防止に役立っています。これらをコントロールするためには全リンパ球の70%を小腸に駐留させる多大なエネルギーを使っています。皮膚には表皮ブドウ菌、アクネ菌、黄色ブドウ球菌が数100万個/cm2常駐して、皮膚を弱酸性に保ち、病原菌の侵入を防いでくれています。こう見てみるとバイキンマンは絶対的に憎むべき存在ではないことが分かります。抗菌グッズの氾濫、無菌信仰、過剰清潔癖は自然に逆らっているのかもしれません。うまい共存こそが目指すべきところではないでしょうか。
寄生虫についても同様の事が言えます。あらゆる動物で寄生虫を持たないのは「文明国人」だけだそうです。全人類史から見ても日本史からみても異常事態といっていいかもしれません。回虫症は古くから日本人にとって、特に怖い感染症ではありませんでした。共存共栄だったのでしょう。私たち世代以後は小学生のあいだマクリという海藻を学校で飲まされて回虫駆除させられました。その結果、アレルギー疾患が増えたのかもしれないということも記憶にとどめておきたいと思います。