これまでにない認知症治療の発想
今や平均寿命が男女とも80歳を越えたわが国で、これから間違いなく増えてくるのが認知症です。団塊の世代が全員後期高齢者になるという2025年が国の社会保障政策に大きな影を投げかけていて、認知症患者の数は700万人に登ると予想されています。
これに備えて医師会も行政、福祉と一緒になって取り組んでいるところで、その一つとして私は平成23年から淀川オレンジネットという研究会を主催したり、認知症支援チームの一員としてお世話をさせていただいたりしております。
そんなわけで認知症には特に関心を持っているのですが、今回はその70%以上を占めるというアルツハイマー認知症の最新の予防、治療法に迫ってみたいと思います。
アルツハイマー認知症の脳ではどんなことが起こるのかというと、脳、特に海馬周辺の萎縮が起こるとされていて、これが診断基準になっています。脳細胞が死滅してゆく理由は脳細胞の代謝が落ちて不要なカス(タウ蛋白、アミロイドβ)が脳細胞内と周辺にたまり過ぎ、糞づまり状態で細胞が死滅するとされています。何故そんなものが溜まってくるのか理由が分からない状態が今も続いております。
そんなことにはお構いなく治療の面では20年前にエーザイ製薬から世界で始めて認知症薬「アリセプト」が発売され、その後レミニール、リバスタッチ、メマリーなどが続き、アルツハイマー認知症は治るのではないかと大いに希望を持たせてくれたのですが、その後の経験からいつまでも効果は続くものではないことがわかってきたのです。本質に立ち返ってアミロイドβを何とか減らそうとする試みがされているのですが、どの研究も失敗に終わっていて、治療の面でも行き詰っている現状といえます。
そんなときに「アルツハイマー病は脳の糖尿病だ。」というユニークな考え方が提案されたのです。今回はこの有望な説について考えて見たいと思います。
糖尿病の方がアルツハイマー認知症に2~3倍かかりやすいことが分かっています。海馬が早期から萎縮し始めるのです。ご存知のように糖尿病は膵臓のベータ細胞からのインスリン分泌不足が原因で、全身の細胞のブドウ糖の吸収が悪くなるので、血液中にブドウ糖が溜まりすぎて高血糖になるという状態です。逆に細胞はブドウ糖不足=栄養不足になっています。この状態がとくに脳の海馬で起っていて、これがひいてはタウ蛋白、アミロイドβの蓄積の原因になるのではないかというのがこの説の主旨です。
海馬の神経細胞は特にインスリンを好むらしく、血液中のインスリンを受け取るほかに自らも膵臓のようにインスリン様物質を出してブドウ糖を吸収しようとしています。インスリンそのものが記憶物質になるともいいます。もし海馬の細胞に糖尿病のようにインスリンが効きにくい状態(インスリン抵抗性といいます。)が発生したら…。エネルギー不足、ブドウ糖由来の神経伝達物質の不足、記憶物質の不足ということになるわけです。もしそうならということで超速効型のインスリンを脳に近い鼻から直接吸入してみました。15分後には記憶力の増進が起きるそうです。
日本ではまだ認知症に保険適応ではありませんが、すでにアメリカではインスリン吸入治療が始まっています。これからは他の糖尿病薬ついても注目が集まることになると思われます。日本にもいろいろな種類のインスリン抵抗性を改善する薬がありますが、なかでもGLP1作動薬は期待が持てそうです。この薬はβ細胞を増やしたり神経修復作用があったり、記憶力を高めることが知られています。私は糖尿病ではありませんが一度チャレンジしてみたいと思っています。
アルツハイマー認知症の予防については紙面の都合上今回は触れませんが、運動療法、女性ホルモン補充療法が確実に有効であることが科学的に実証されていて、女性ホルモンの代用ともいうべきイソフラボン=大豆蛋白は本当に良いようです。
最後に申し上げたいことは、アルツハイマー認知症にならないためには、生活習慣病にならないような生活、禁煙、よく遊び、筋肉運動をし、過食多飲を避け、肥満、高血圧、高脂血症にならない生活習慣が大切だということです。アルツハイマー認知症も生活習慣病かもしれません。