あなたは自分自身とバイ菌で出来ている

寺岡内科医院 院長の元気塾202602ヘリコバクター・ピロリ菌(HP菌)が胃潰瘍の原因であると認定されてから40年以上になります。胃がんの原因にもなっているということも分かり、胃カメラでは必ずHP菌の有無が調べられ、陽性であれば即抗生物質がすすめられることになっています。果たしてHP菌は絶対に悪だと言い切れるのか、今回は少し違った視点で考えてみます。 

地球上でバイ菌のいないところがありません。特に動物はバイ菌だらけとの存在であって、清潔好きな文明人でさえも例外ではありません。髪の毛、皮膚、鼻腔、口腔、気道、食道、胃腸、泌尿器、膣などにもうじゃうじゃいるのが実情です。そんな中でさして悪いことをするわけでもなく、常に体の特定部位に住み着いているバイ菌を常在菌といい、感染症を引き起こす病原菌とは区別されています。人類誕生以前からの長いお付き合いである常在菌に対して人間は勝手なもので、善玉菌、悪玉菌と名付けたりしますが、彼らには立派な存在理由があることが次々と判明しています。

バイ菌が嫌いな清潔好きの人に問いますが、もし人間からすべてのバイ菌を取り除いたらどうなるでしょうか。スッキリしたと喜べるのでしょうか。実はそうではありません。人間では出来ませんが動物実験では完全な無菌状態の赤子をもうけることが可能です。彼らが現実世界に放り出されるとどうでしょう。必ず数週以内に感染症で死んでしまうことが知られています。そんなことから「バイ菌たちが生命を守ってくれているんだ」と考えざるをえなくなってしまいます。現在はこのように常在菌たちの積極的な役割を評価する考えが常識となっています。良い例が乳酸菌です。乳酸菌がいるおかげで腸内は弱酸性に保たれ、病原菌や悪玉菌の繁殖が抑えられるばかりか、腸の粘膜上でリンパ球やナチュラルキラー細胞をトレーニングし、免疫力を高める役割さえ担っていることが分かっています。O-157を最悪とする大腸菌は不潔な嫌われ者物で、腸炎を引き起こす悪玉菌のように思われていますが、一方でビタミンKやビタミンBを作ったり、病原菌を排除したり、免疫力を高めたりという有益な面を持っていて、善玉悪玉といい切れない両面性を持っています。少し客観的に腸内常在菌を眺めると、あれだけ無数の菌の塊(大便の20%はバイ菌そのものです)が体内に存在するのにも関わらず何千万年も排除もされず、むしろ有益な働きを担っていることを思えば、人体の一部ではないかと思えるのです。まるで各省庁傘下の「○○協会」のような外郭団体のようではありませんか。

ここでHP菌に戻りますが、これはすべての哺乳類に共通する乳児期の感染症です。胃の中にだけに住んでいる理由は、普通なら強酸性で細菌が住めない胃の環境でも、ウレアーゼという酵素でアンモニアをつくり、胃酸を中和して住み続けられるからです。胃酸の分泌がまだ完成していない乳児期に感染します。感染経路はHP菌を持つ親からの口移しの食べ物や、便所から井戸に沁み込んだ水であり、戦前生まれのひとの70~90%の人がHP菌を持っていました。しかしそれで日本人が絶滅したことはありません。たとえ胃がんの原因であったとしても、昔は胃がんになる前に感染症で亡くなっていたからです。つまり無毒な常在菌だったわけです。ここで彼らのメリットは無いのかという疑問が生まれます。それに関して驚くべき学説が出されました。「小児の間HP菌を持っている子供は喘息が少ない」というものです。近年のアレルギー性疾患の増加はHP菌が少なくなったからだという主張です。同じようなことが寄生虫についてもいわれており、「衛生的過ぎる環境で育つとアレルギー性疾患が多くなる」という学説に符号します。そういえば私の診療の中でも知的な良家の子女にアレルギー性疾患が多い印象があります。適当な不潔は必ずしも人類の敵ではないことのようです。

人間の体の全細胞数は60兆個ありますが、腸をはじめすべての常在菌の数はもっと多い100兆個あるといわれます。ヒトは同じDNAを持った細胞群だけで出来上がっていると思い込んでいますが、それよりもはるかに多い常在菌と一緒になって一個の人間という生命体があることになるのです。

面白い計算をしてみます。ヒトの細胞の一つ一つに長さ1.8mのDNAが畳み込まれています。人体60兆個のDNAを1本につなげると1000億km(太陽系の直系の8倍)、それに100兆の常在菌のDNAの長さ2億km(太陽と火星の距離)。合計1002億kmの長さは光速でも4日かかる計算です(1本鎖にすると8日間に)。あなたの体にこれだけの長さの情報が仕組まれていることは事実であり、それらがDNAのパーツとして整然と協働して命が営まれていることに驚きを禁じえません。またその仕組みを説明することが出来るようになった人間は、宇宙の深い意思に気がつきだしたような気がします。