筋力は生命力。長寿のために筋肉に負荷を。

寺岡内科医院 院長の元気塾20240990歳以上の長寿の方とお会いしていつも思うのは、よく体が動き、頭がはっきりしておられることです。それはデイサービスが始まって認知症が改善されたときなどにも感じることで、高齢者が診察室に入って来られた瞬間から、歩く速さなどで頭と体の調子が分かるのです。

運動と頭脳といえば、パリ・オリンピックでも日本選手の活躍を見せてもらいましたが、いつも驚くのは、彼らは運動ばっかりしていたはずなのに、インタビューには立派な受け答えが出来るということです。どうも体を動かすことと頭の良さには関係がありそうです。皆様もが気づいておられることでしょう。なぜそうなのか、内分泌の面から分かっている範囲でお話をしてみたいと思います。

焦点はホルモン分泌器官としての「筋肉」の働きです。ホルモンを分泌する器官といえば、インスリンを分泌する膵臓、甲状腺ホルモンを分泌する甲状腺、性ホルモンを分泌する卵巣・精巣、成長ホルモンを分泌する脳下垂体などが有名ですが、力を発揮することしか機能がないと思われていた「筋肉」がいろいろなホルモンを分泌していることが近年、次々と明らかになってきました。それらホルモンを総称して「ミオカイン」といいます。ミオカインの全身的な影響を見てみましょう。

1)筋肉は最大のホルモン分泌組織
膵臓、甲状腺、卵巣、精巣、脳下垂体、はせいぜい数グラムから100グラムの大きさしかありませんが、筋肉の平均的な総重量は男性26㎏、女性18㎏もあります。ここから多臓器へ影響を与える因子(=ホルモン)が分泌されない方がおかしなことだったのです。「ミオカイン」は気分、頭脳、糖代謝、免疫力、内臓脂肪などに大きな影響をもたらしています。

2)アイリシン              
あまり耳慣れませんが、「ミオカイン」の一種です。いきなりですが「白色脂肪細胞」を「褐色脂肪細胞」へと変える働きがあります。「白色脂肪細胞」というのは脂肪の蓄積を行ない、又たくわえていた中性脂肪を遊離脂肪酸に分解します。「褐色脂肪細胞」はその遊離脂肪酸を直接燃焼させ体温を上げます。体温が上ると発がん防止にもなり、体重を減らすことにもつながるのです。ついでながら「褐色脂肪細胞」が少ない人が「ひえ症」になります。
またアイリシンは脳にも良い影響を与えます。運動で「アイリシン」が増えるとBDNFというホルモンが記憶をつかさどる「海馬」というところで多く産生されるようになり、脳神経細胞の伸長、連携が促進されます。運動して容量が増えるのは脳の中でも唯一「海馬」だけだそうです。アスリートの頭の良さはここに理由があるのではないでしょうか。「海馬」の萎縮は「アルツハイマー認知症の診断基準」になるくらい重要な場所ですから、運動することがどれだけ大切か分かります。

3)インスリン様成長因子(IGF-1) 
もう一つ認知機能に関して、運動で分泌されるミオカインをご紹介します。インスリン様成長因子(IGF-1)です。アルツハイマー病ではβアミロイドというたんぱく質が脳に溜まり、神経細胞にダメージを与えることが定説になっていますが、IGF-1が増えるとβアミロイドが減少することが分かっています。

4)アドレナリン・レプチン
運動は交感神経を働かせます。次いで副腎からアドレナリンが出てきます。脈が速くなり血圧が上がり筋力が強くなります。同時に食欲は完全に抑えられます。マラソン途中にお腹が空いたとは思いませんものね。それは交感神経の中枢が脳にあって、満腹中枢でもあるからです。また交感神経が働くと「白色脂肪細胞」が「レプチン」というホルモンを放出し、満腹中枢に働き食欲を抑えます。これが正常な姿なのですが、ストレスが大きかったり太り過ぎるとレプチンが効きにくくなるそうです。やけ食いとストレス太りですね。

5)ドーパミン・βエンドルフィン     
脳内麻薬の一種で強烈な鎮痛作用・ストレス解除作用、達成感、快感があります。きつい筋肉運動によって脳が刺激されると、脳下垂体という所から苦痛緩和とご褒美のために分泌されるようです。いわゆるランナーズハイの原因です。またβエンドルフィンは抗腫瘍作用のあるNK細胞の増強も報告されています。

6)男性ホルモン
筋肉運動は男性ホルモンの分泌を促します。男性ホルモンはセックスアピールだけでなく、挑戦力、行動力、決断力などに影響を与え筋肉を増強します。マッチョなヒーローを思い出せばよろしいでしょう。この他にも骨を増強したり、免疫力を高めたり、糖尿病を改善したりするミオカインの存在が明らかになりそうです。
全体に、人間は一生筋肉を使って生きてゆくことが幸せであるように神様が応援してくださっているように思われます。私は患者さんを呼び入れる際に、一人一人立ってお迎えに行くことを35年間続けております。丁寧な印象を持っていただくということもありますが、それ以上に、細かく立ち座りをして太ももの筋肉を鍛えるという意図もあるのです。おかげで足の筋肉はあまり衰えていませんし、テニスも毎週続けることが出来ます。多分、「海馬」への運動刺激が効いて認知症はもう少し大丈夫なんだろうと思っているところです。