塩の恵みが文明を育てた

寺岡内科医院 院長の元気塾202608古代ローマにおいても兵士に支払う給料はSalt(ソルト)でした。そこから給料のことをSalary(サラリー)と呼ぶようになりました。命の代償として納得のゆくものだったのでしょう。今でこそ「健康のために塩分を摂り過ぎないように」などといわれますが、昔の人に比べると大変贅沢な話をしていることになります。

ここでいう塩というのはNaナトリウムとClクロルの化合物です。何が大切なのかというと、Naが水を周りに呼び込むことです。塩辛い物を食べると喉が渇くのはそのせいです。この働きによって我々動物は血液を保つことが出来、心臓は血液に圧力を持たせて体中の血管や細胞に血液を送り届けることが出来るというわけです。そのおかげで血液に乗って酸素や栄養が送り届けられ、すべての細胞で代謝が行われ、生命機能が営まれるという具合です。Naが多くて水分が多くなれば、一定容積の血管系に多くの血液を詰め込むことになるのですから血圧は上がるでしょうし、逆にNaが少ないと血液量は減り血圧が下がるという具合です。

海に囲まれた日本では塩分摂取が多くなりがちで、高血圧がらみで減塩がすすめられることが多く、Na不足という方は少ないのですが、先年珍しく塩分不足の人に出会いました。ある日の検査でNa不足が判明したのです。塩分は毒だと信じ切っているので出来るだけ塩分を摂らないようにしているとのこと。その方の特徴はというと、日頃から声が小さく、動作も弱弱しく、上の血圧が100mmHgを下回るという方でした。それらはその方の個性だと思い込んでいたのですが、低Naのせいかもしれないと気づき、塩分を多めに摂っていただくように助言したのです。すると一か月後の診察で驚きました。別人のように声に力がこもり、動作はキビキビされ、積極的になり、血圧が130mmHgに上がっておられたのです。これがNaの効果というものです。世の中で戦ってゆくためには塩気が必要なのだとつくづく感じた次第です。

血液を舐めたことがおありだと思いますが、案の定、海水の味とそっくりです。その味はNaです。はるかむかし、海から陸上に這い上がった私たちのご先祖(魚)は、陸上にはNaがないことに困惑したはずです。そこで体の中に海水を持ち込むことで命をつなごうと考えたのです。Naは貴重ですからNaを逃さないようなシステムを作りあげました。尿にNaが出るのを抑えようというわけです。これが腎臓におけるRAS系といわれる一連の酵素システムです。このおかげで陸上動物というのが存在しうるようになったということです。ところが皮肉なことに、人間が生まれRAS系が強すぎる人が飽食の時代に行き当たると、Naが多くなりすぎて血圧が高くなってしまいます。そんなところに目をつけた薬品メーカーは、RAS系の抑制剤を開発することになり、今では降圧薬の中心的存在として地位を築いています。しかもこれで確かに寿命は延びるのです。

RAS系については悲惨な歴史があります。アメリカでは黒人にひどい高血圧が多いのです。その原因を紐解くと奴隷貿易に行き着きます。彼らは故郷アフリカで奴隷狩りに合い無理やり連れてこられた人たちでした。船底に何百人と詰め込まれ十分な飲み水さえ与えられませんでした。体が弱ると次々と海に投げ込まれたといいます。そんな中で生き残ったのは水分を保持できる人たち、つまり強いRAS系を持った人たちだったというのです。なのでその子孫であるアメリカ黒人はひどい高血圧が多いというのです。悲しいアメリカ史です。

塩は動物が生きるうえでも欠かせないものです。人間が牧畜を始めたのは1万年前とされていますが面白い話があります。牧畜の始めには塩の存在が大きかったというのです。野生動物をどのように集めたか。人類はその当時から塩の塊=岩塩を持っていたと思われます。住居の周りに塩を置いていると、そのうちに野生動物が夜中にやって来て塩を舐めて帰ることに気が付きました。いつも来るおとなしい動物を囲み込めば牧畜となります。そこで安定して乳を搾ったり、肉を食べたり、毛皮を作ったりすることが出来るようになったというわけです。牛や馬、羊、豚、犬はその子孫だそうです。オオカミはかわいいペットになりましたが。そういえば食べ物屋さんの前には今でも置塩をしますものね。これは貴人が乗った牛を引き寄せるおまじないだそうですから。

寺岡内科医院 ザルツブルグ話は変わりますが、オーストリアのウィーンから車で3時間、ザルツブルグという町があります。日本語に直すと「塩の街」ですが、文字通りここは岩塩の大きな産地です。名画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台でもあります。ローマ法王やハプスブルグ家皇帝の保養地でもあり、古代から人と財力が集まり文化が生まれました。その商店街の一角からひとりの天才が生まれました。モーツアルトです。200年後もう一人の音楽家が生まれました。20世紀最大の指揮者カラヤンです。二人の家は川をはさんで5分位のところです。彼もまたモーツアルトを意識しながら、深い芸術的伝統の中で育ったはずです。最高の芸術が生まれるためにはどうしても経済的基盤が必要だということでしょう。二人の家の近さは偶然とは思えません。

お隣り同志といえば、戦国時代のさなか「敵に塩を送る」という出来事がありました。越後の名将、上杉謙信が敵方である武田信玄に、重要な戦略物資である塩を送り届けた事は、美談として今でも日本人に語り継がれています。この故事は「武士の情け」という武士道を育てました。